なぜ再エネ業界で働くことになったのか

こんばんは。

今日は「なぜ再エネ業界で働くことになったのか」について、書いていきます。

もともと、この業界に対して何か特別な思いがあったわけではありませんが、当時就活をしていた私は、漠然と何か社会に貢献ができる仕事に就きたいと考えていました。

そんな中で当時学校では、SDGsに関するゼミで「若年層に献血を広める」のをテーマに活動をしており、その時はただ単に先生から提示された大枠のテーマのうち、一番実績になりやすく、就活でも活かせる内容だと思い、やり始めました。

当初は不純な動機で、大相な大義名分を掲げていましたが、それが後々「再エネ」に興味を持つ1つのきっかけになるとは思ってもいませんでしたが、ゼミ活動をしていくうちに段々と目的意識を持つようになり、気が付いたら自分自身がチームリーダーとして率先してやるようになっていました。

いつの間にか、メンバーとの間には、必ずこのゼミ活動を成功させようという「絆」が芽生えていたような気がします。つい熱中して若者視点でどうすれば献血者数を増やすことができるのかを模索し、日本赤十字社に赴いたりもしていました。

詳細は省きますが、実際に学校での献血を開催し、目標の人数を達成したことによって自分の中に「自己効力感」が生まれていました。もちろん当時の成功体験として、日本赤十字社に論文形式で「若年層に献血を広める」ことを報告し、その結果をゼミでも発表しました。

ここまで読まれた方からすると、「再エネ要素どこ?!」と突っ込みたくなるかもしれませんが、もう少しお待ちください(笑)

当時の私は、このゼミ活動を経て、自分自身が社会に対する問題を構造的に捉えて解決することが好きな人間なんだと感じたのです。良くも悪くもそれが自分にとっての効力感であり、アイデンティティなんだと思っていました。

そこで私は、社会貢献であれば他にも「SDGs」という文脈で様々あるのでまずは、それについて詳しく調べることにしました。最初は貧困に関するテーマに興味をもっていましたが、規模が大きすぎるのと、その前に自分が裕福ではなかったので、他人よりまずは自分のことを考える必要があると思い、そんな要領で消去法をしているうちに、ある一つの映画に出会うこととなりました。

それは、「海賊と呼ばれた男」という映画です。第二次世界大戦後に、生涯をかけて日本のエネルギーを支え続けた男のノンフィクションの物語です(詳細は以下)。

この映画に出会い、自分にできることが明確に定まったように感じ、心の底から使命感を持つようになりました。ちなみに上記は、何度も見すぎて自分で作りました(笑)

どんな苦境にあっても、腐らず前向きに突き進んでいく様が、当時の私の奥底に眠っていたものを呼び覚まし、自分も日本人であるからには、国内のエネルギー自給率をあげるという意味で、まさに「再エネ」という分野に興味を持つようになりました。

それからはすぐに、自宅から通える範囲で、再エネ事業をしている会社を見つけて応募をしてみる流れで、内定をいただくまでは1週間もなかったと思います。これまでの経験上、面接には異常に自信があり、どこも落ちたこともなかったこともあり、今回の経緯も説明したら、早々に採用担当の方にも気に入ってもらえ、その場で内定をいただくことができました。

以上が、私が「再エネ業界」働くこととなった経緯です。2本目は、こんな感じで私自身について少し触れながら投稿してみました。追々もう少し深堀した内容についても投稿していこうと思います。

次回は「思っていたものとは違う、再エネ業界」についてです。晴れて憧れであった「再エネ業界」で実際に働いてみて感じた理想と現実の乖離について、投稿していきます!

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